米国の死刑執行の方法についての議論(2008年6月,島田雄貴)

米国では、死刑制度がある36州のうち35州が薬物注射を採用しています。通常は睡眠剤、全身マヒ剤、心臓停止剤の3種類が順次、腕に注射され、意識を失った後に10分ほどで絶命します。こうした方法が残酷だとする議論がある一方で、一部の州最高裁は合憲判決を出しています。アメリカでの死刑執行方法をめぐる現状について、島田雄貴リーガルオフィスがレポートします。

増える薬物注射

--午後6時7分 まだ苦悶(くもん)の表情が続く。

--同12分 顔を我々の方に向け、数回せき込む。顔が紅潮する。

--同26分 全身がビクッとする。両目が開く。

米フロリダ州スタークの刑務所で、エンジェル・ディアズ死刑囚(当時55歳)の薬物注射による死刑執行が始まったのは、2006年12月13日午後6時2分。死亡確認は同36分でした。

同州のセントピーターズバーグ紙に分刻みのルポを掲載したクリス・ティッシュ記者(34)は「過去に立ち会って取材した約20の執行と比べ、死亡まで倍以上の時間がかかり、明らかに異常だった」と振り返ります。

睡眠剤→全身マヒ剤→心臓停止剤
死刑制度がある36州のうち35州が採用

薬物注射は、死刑制度がある36州のうち35州が採用しています。通常は睡眠剤、全身マヒ剤、心臓停止剤の3種類が順次、腕に注射され、意識を失った後に10分ほどで絶命します。

電気イスやガス室などを選択できる州も

死刑囚が電気イスやガス室などを選択できる州もありますが、1980年代以降は、苦痛が少なく「人道的」とされる薬物注射が急速に普及しました。

マヒ剤がうまく効かないケースも

しかし、倫理規定で「医師は命を守るべき立場」とする全米医師会の協力がなく、注射のやり方はずさんになりがちです。ディアズ死刑囚のようにマヒ剤がうまく効かないケースもあり、「激痛を与えているのではないか」との議論が巻き起こりました。

最高裁が「憲法に抵触するかどうか審理する」と判決

予定していた死刑執行を各州が一斉に中断したのは昨年9月。ケンタッキー州の死刑囚2人が執行停止を求めた裁判で、連邦最高裁が「薬物注射による執行が残酷で異常な刑を禁じた憲法に抵触するかどうか審理する」と決めたからです。

ハーバード大法科大学院のスタイカー教授

ハーバード大法科大学院のキャロル・スタイカー教授(死刑制度)は「死刑の目的は命を奪うことで拷問ではない。体を動かせないようにマヒ剤を使うことに問題がある」と指摘します。

7対2で「合憲」判決

「不必要な苦痛を与えるやり方は問題だ」「しかし、死刑と外科手術は違う」

判事の意見も割れましたが、今年4月、7対2で「合憲」との判決が出ました。これを受けて5月6日、ジョージア州で7か月ぶりに執行が再開され、今月17日までに6州で7人が薬物注射で処刑されました。

弁護士や被害者遺族が公開
メディアにも

執行方法を巡る議論が沸騰する背景には、処刑が弁護士や被害者遺族のほか、メディアに公開されている事実もあります。学者や弁護士らでつくるワシントンの「死刑情報センター」のリチャード・ディーター事務局長は「公権力が命を奪う場面を市民の代表が見届け、チェックするのは当然の権利だ」と話します。

1890年代までは絞首刑

「人道的な執行法」の模索には長い歴史があります。1890年代までは米国でも絞首刑が広く採用されていましたが、ロープが切れてやり直す例などがありました。

電気イスも、頭が燃え上がるなどの「失敗例」

代わりに普及した電気イスも、頭が燃え上がるなどの「失敗例」が問題視されました。

ノースカロライナ州が適正な死刑執行方法を議論
最高裁が「残酷で州憲法に違反する」との判決を下す

唯一、電気イスのみの処刑を続けていたネブラスカ州の最高裁は今年2月、「残酷で州憲法に違反する」との判決を下しました。薬物注射についても、ノースカロライナ州が現在も独自に適正な死刑執行方法を議論しています。オハイオ州地裁は今月、「致死量の睡眠剤で十分。他の2つの薬剤は不要」との判決を出しました。執行法を巡る議論は収まりそうもありません。

法務省は1998年まで非公表

刑法で「絞首刑」と定める

執行方法は刑法で絞首刑と定められていますが、遺族やマスコミの立ち会いは許されておらず、実態はベールに包まれています。法務省は長年、執行の事実すら公表せず、1998年以降、執行事実と人数だけ公表。

鳩山邦夫法相が初めて死刑囚の氏名を公表

鳩山邦夫法相のもと、昨年10月、省内に死刑に関する勉強会を設置し、執行方法や情報開示について議論を始め、12月の執行で初めて死刑囚の氏名も公表しました。